今年の鮎の天然遡上や如何に
和歌山県では3月26日に第一回目の鮎の放流として有田川ダム上に日高川漁協産の人工種苗が1トン放流されました。気になるのは今年の鮎の天然遡上が良いのか悪いのかということです。
そのことを占う一つの要素として年明けから行われた海域での稚魚の汲み上げが気になるところです。が、聞くところによると串本辺りと有田辺りでは例年並みに獲れたけれどその間の田辺辺りはさっぱりだったとのことです。では、今年は古座川や有田川は良くてその間の河川はさっぱりなのかと思ったりしますが、これがそう単純には予想通りとなりません。去年の紀ノ川は天然遡上が豊富で大きな期待が解禁前から膨らみましたが、ふたを開けてみたら「あの大量の鮎はいったいどこに行ったの?」と嘆くほどさっぱりでした。
鮎には早生まれと遅生まれがあって早生まれは10月末から11月に産卵しますが、遅生まれは12月中下旬に産卵します。遅いものは年が明けてから産卵をするものもあるので、汲み上げをした時には網にかからない状態のものが多数いることもあるのです。それらがあとから大挙して遡上すれば、汲み上げを根拠とする予想は嬉しくもあっさりと裏切られます。
ここでは詳しくは述べませんが、鮎の天然遡上には黒潮蛇行や海水温、雨など様々な要素が複雑に絡まり、その方程式を解ける人間などいません。と言うか方程式などないのでしょう。なので、今年の天然遡上の良し悪しは鮎釣り師なら誰しも気になるところですが、毎年「解禁してみないとわからない」と言っておいた方が無難な答えとなりそうです。
和歌山県内の放流について
和歌山県の今年の放流は全河川例年並みと言われています。現在、和歌山県内水面漁業協同組合連合会の水槽には4種類の鮎が泳いでいます。
①和歌山県沿岸域でとれた鮎②和歌山県日高川漁協産の人工種苗③山口県から購入した人工種苗④和歌山県の海産を愛知で人工授精した種苗です。有田川ダム上に3/26に放流された1トンの鮎は成長の早かった②日高川漁協産の人工種苗です。これは解禁当初に淵の中で真っ黒になって群れて夕方ぴょんぴょん跳ねて突然入れ掛かりになる鮎です。
③は山口県の錦川の人工種苗です。ただ、以前は琵琶湖産が全国各地に放流されていたので交雑されていれば遺伝子はよくわかりません。琵琶湖産は在来鮎と3割交雑するとも言われており、それが10年も20年も続いたらカオスになります。琵琶湖の遺伝子を持つ鮎はケンカっ早くて掛が良いため釣り人には人気ですが冷水病というリスクがあります。
有田川ダム上でもずいぶん前は群馬産の人工種苗を放流していました。これは琵琶湖産だけを何代にもわたって掛け合わせたものです。掛かりは良かったのですが冷水病が全川に蔓延してとりやめになりました。解禁当初が楽しめても一か月で川が終わってしまうような放流は失敗です。和歌山県は冷水病対策として琵琶湖産を極力排除しています。
今日は紀ノ川の支流である貴志川に山口県の人工種苗の放流が行われています。合計800キロのうち第一弾として330キロを本流と支流の真国川に放流です。一匹の平均は8グラムなのでおよそ4万匹です。山口県産はF1と呼ばれる人工種苗ではなくF2と言うものです。F2とは人工種苗でふ化した鮎をそのまま養殖場で飼ってその親鮎同士を人工授精したものです。いわば両親も温室育ちでその子供たちも箱入り娘と箱入り息子。そんな柔な鮎がいきなり冷たい野に放たれて生きて行かれるのだろうかと心配にもなってきますが、遺伝子は先天性のままなのですぐに野生に覚めることでしょう。
気になる愛知県の人工種苗
気になるのは今回初めて放流される④愛知の人工種苗です。
人工種苗の技術は最近進んできていると聞きます。人工種苗は姿が悪い、追いが悪い、縄張りをつくらずに群れるなど天然遡上に比べて悪い評価を持ちます。その差をいかに無くして天然遡上のような人工種苗を作るのか、があちらこちらで進んでいるようです。
例えば、仔稚魚の時にできるだけ天然での条件を再現するために急激な海水への切り替えを止めて、あたかも河川からだんだんと海に下っていくように、上層に淡水を低層に海水を入れながら塩分濃度の躍層をつくり飼育しています。
また、飼育水温は仔稚魚を早く成長させるために水温を高く設定していましたが、2月ごろの海水温は10℃を下回ることもあるため、これも自然界に合わせるようにしています。さらには、仔稚魚は大型水槽の中で1トン当たり数万匹もの高密度で生育されていますが、これを低密度にして鮎本来の生態にしようとしています。
10年ほど前ですが、高知の水産試験場で大量に鮎が病死した時に、たまたま数が激減した状態で鮎を飼っていたら完全に天然鮎本来の縄張り行動を持つようになったという話を聞いたことがあります。なので強制的な蝟集が鮎本来の闘争本能を奪い去っている可能性は高いのです。
以上、人工種苗は進歩しているので愛知の人工種苗が従来とは違う勢いのある美しい鮎を作り出せていることを期待いたします。
鮎放流の未来に期待すること
鮎の放流を続けていく究極のアウトカムは鮎の放流が必要でなくなる。つまり天然遡上だけで鮎釣りが楽しめるようになることだと思います。それはダム下だけではなくてダム上も同様です。有田川ダム上のように毎年放流したものを最後には網入れまでして根こそぎ回収するのではなく、ダム湖からの天然遡上で鮎の再生産を作り出すことが本来の放流事業の出口だと思います。
一介の釣り人がきれいごとを言うようですが、放流は釣り人のためだけではなく鮎のため地域に暮らす人たちの自然環境再生のために行っているのだという気持ちでいたいと思います。そのためには川だけではなく孵化した鮎が幼少期を過ごす海の環境や、川に栄養塩を供給する山づくりなど、自然界が本来持っていた健全なサイクルを取り戻さなければならないと思います。
数億年以上も続いてきた自然環境を、高度成長期のわずかな期間で急激に変貌させてしまった我々のこれからは、果てしなく困難で長い道のりとなるでしょうが、いつかかならず取り戻せるものだと信じています。
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